2018年10月11日
社会・生活
研究員
小野 愛
東京五輪・パラリンピックの前後と期間中、首都圏エリア(ヘリテッジゾーン)と臨海エリア(東京ベイゾーン)の物流が停滞し、企業活動に深刻な影響を及ぼす可能性が高い。このうち、東京ベイゾーンには日本の五大港の一角を占める東京港が存在する。その取り扱い貨物量は外貿と内貿合わせてスカイツリー約2155棟とほぼ同じ重さの8836万トンに達し、周辺には多数の物流施設が稼働している。
主な競技会場が集中するゾーン
出所:東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会
なぜ物流網が停滞するリスクが指摘されるのか。まずは、大会で使われる大量の備品や機材などが会場や選手村、メディアセンターに配送されるからだ。国際物流に関する展示会やセミナーを実施する「アジア・シームレス物流フォーラム2017」の報告書によると、2012年のロンドン大会では約110万点の競技用備品などが輸送された。期間中の物流量はほぼ一定していたが、開会式の前日と閉会式の直後にピークを迎えたという。
次に人の移動である。東京大会では、延べ1000万人を超える観客数が想定される。それに加え、約2万6000人の選手と32万人以上の大会関係者が参加する予定。観客のほとんどは鉄道やシャトルバスなどの公共交通機関を利用するが、選手や要人、それに伴うスタッフは各施設まで主に自動車で移動することになる。
東京五輪・パラリンピックのステークホルダーグループ毎の人数(想定)
(出所)東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会
この大量の物と人の移動は、首都高速道路に大きな影響を及ぼす恐れがある。東京大会の交通輸送技術検討会によると、交通対策を行わない場合、通常の交通量に大会関係車両が加わるため、期間中の首都高の渋滞は2倍近くになるとみられる。その対策として、同検討会は高速道路の入口・料金所での交通量を抑制するため、以下のような対策を視野に入れている。
① 本線料金所における開放レーン数の制限
② 交通需要の多い入口の閉鎖や流入量の調整
③ 本線車線規制、JCT方向別規制、区間通行止め等(事故等のイレギュラー事象時)
首都高の混雑箇所を通過する主要な交通流
(出所)東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会交通輸送技術検討会
2012年のロンドン大会でも、道路混雑による物流の混乱が懸念されていた。ところが大会期間中、ロンドン交通局に対して大規模な物流の停滞が発生したという報告は無かったという。小売業向けの配達はほぼ計画通りに行われ、大会が始まっても深刻な品切れは起こらなかった。また、医療や金融サービスにも顕著な影響は出なかった模様だ。
一体、企業はどのような対策をとったのか。ロンドン交通局が2000以上の物流関係者を対象にして大会前に調査したところ、その70%以上が「大会に向けて何らかの対策を行う」と回答した。実際に、国際物流・輸送を研究している「Chartered Institute of Logistics and Transport(CILT)」が大会後に調査した企業のうち、72%は集荷や配達の時間を変更した。物流事業者では、42%がルート変更し、45%が時間変更した。ルート変更した物流事業者のうちの58%は混雑の回避、57%が交通制限の迂回を目的とした。
時間変更を行った物流事業者では、36%が時間外配送で対応した。時間外配送は一般的に午後6時~翌朝6時に行われ、日中より道路が空いていたため、時間やガソリン代の削減にもつながったという。例えば、コカ・コーラ社は、日中と同じ取扱量の深夜配送でドライバーの運転時間を20%削減。また、ある小売店が120のうち70店舗で時間外配送に移行したところ、前年と比較してガソリン代を6%節約できた。道路事情により配達しきれないエリアへは、ラストワンマイルを徒歩に切り換えて届けた事業者もある。こうした対策により、朝のピーク時間である8時半に走行するトラック(3.5トン)の数は2011年時と比較し15%減少したという。
東京大会の会場周辺は、道路のセキュリティが強化される可能性も高い。ロンドン大会では、メイン会場のオリンピック・パークと隣接するウェストフィールド・ストラトフォードシティ・ショッピングセンターがセキュリティ強化エリアとして指定され、そこを通るすべての貨物が検査を受けた。このため、ウェストフィールド・ストラトフォード市は国際輸送物流会社大手のDHLと共同で、ショッピングモールから約13km離れたところに配送センターを設置。検査済みの貨物はそこから共同配送された。その結果、大会期間中にウェストフィールド・ストラトフォード市内を走行する配送車は82%も減少した。
輸送を滞りなく行うためには、情報の共有が欠かせない。物流事業者の多くは、業務開始前にその日の道路状況の予想をドライバーと共有した。そして、実際に走りながら得た情報を、勤務シフト終了時に次の担当者に受け渡した。情報提供のために開設された専用ツイッターも、最新情報を取得するのに役立ったという。
東京大会の交通輸送技術検討会は、首都圏の物流停滞を回避するためには、荷主や配送先、関連企業から交通行動の変更において協力を得ることが不可欠だと考えている。このため検討会は輸送の①回数を減らす(取り止め・集約)②時間を変える③ルートを変える④手段を変える―の4点を提唱。ただし、検討会は行動計画の変更によって影響が生じる相手とは、その内容を十分協議する必要があると指摘している。
企業に求められる行動計画
出所:東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会交通輸送技術検討会
これまで論じてきたように、都内臨海部の港湾物流や競技会場周辺の物流に関わる企業は、東京大会の開催前に入念な物流計画を立てるべきだろう。完成品だけでなく、細かな部品などの調達に思わぬ「落とし穴」が潜んでいるリスクもあり、緻密なサプライチェーン・マネジメント(SCM)が求められる。
そのためには、前後を含めた大会期間中、各企業は影響を受ける恐れがある輸送経路を正確に把握し、その対象となる品目を洗い出しておく必要がある。重要度や緊急性に応じて分類し、優先度が高いものについては前述した4つの変更方法を検討することが肝要である。それを基にした輸送計画を早期に策定し、ロンドン大会のように大規模な物流障害が起こらないよう努めたい。
東京五輪・パラリンピックの概要
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が入居する虎ノ門ヒルズ
東京都オリンピック・パラリンピック準備局を運営する東京都庁
(写真)筆者
参考資料:
アジア・シームレス物流フォーラム2017ハイライツ:東京2020オリンピック・パラリンピックに向けた物流体制~準備と課題、東京流通センター、2017年5月19日
東京2020大会の交通マネジメントに関する提言(中間のまとめ)の概要、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会交通輸送技術検討会、2018年1月
東京港港勢指標(平成29年速報値)、東京都港湾局、2018年3月29日
輸送計画V1、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会、2017年6月
Logistics Collaboration: An Olympic Effort, Supply Chain 247, 31 December 2013.
London 2012 Games Transport - Performance, Funding and Legacy. Transport for London. 20 September 2012.
Maintaining Momentum: Summer 2012 Logistics Legacy Report, The Chartered Institute of Logistics and Transport (UK), 2013.
小野 愛